かれきもやまのにぎわい。

嵐とえびを主に愛でています。

ジャニーズの渡米について追いかけてみた。

11月1日は真家さんのお誕生日でした。
お元気だったら72歳。
私の父の1つ下です。


などとセンチメンタルな気持ちにもなりましたが、彼らの活動を調べてほくそ笑むことが生きがいの1つにもなっているので、今はただひたすらに
「この世に生を受けていただいてありがとうございます」
という気持ち(重い)。
なお二宮さんと五関さんにも基本この感情に関しては同じですね。
お母さんいつも産んでくれてありがとう(by大野智)。

最近は初代の渡米にまつわる情報を集めています。
まぁそんなに特殊な調べ方は知らないので、ツイッターのフォロワー様に教えていただいて国会図書館に行ったぐらいなんですが、国会図書館って素晴らしいな!という成果でした。
まぁ本当に調べたかったのは渡米の情報ではなくてこれなんだけど。


こっちに関しては情報が乏しかったので、あまり時間もないし当日なんだか知らないけど途中で極端に体調がダウンしたため、すぐに見つかった情報を集めて帰ってきました。
基本的にはこの辺りの雑誌から拾った情報です。
・週間明星
・週間平凡
・中二時代
少女フレンド
その後複写も申請して現物のコピーも手に入れております。

ということで、ここでは渡米中のスケジュールと、これまでのジャニーズ伝説のパンフレットにおいてあおいさんが語った内容とリンクする部分に触れておこうかと思います。

おおまかな渡米スケジュールとしてはこんな感じ。
年は省略しますが全て1966年の出来事。

8月19日 「行ってらっしゃいジャニーズ」ショー(大阪厚生年金文化ホール)
8月20日 「行ってらっしゃいジャニーズ」ショー(大阪厚生年金文化ホール)
8月21日「行ってらっしゃいジャニーズ」ショー(渋谷公会堂

8月28日 21:30 日航機にて羽田発
日付変更線通過
8月28日 朝 ハワイ着→ハワイ観光
8月29日 引き続きハワイ観光
8月30日 ロサンゼルス着(ディズニーランドホテル泊)
8月31日 ディズニーランド観光

ここまでのスケジュールがただの旅行臭が強いのは、当時日本テレビで持っていた冠番組「ジャニーズ・ナインショー*1」の中で一般から渡米希望者を募集し、そこで選ばれた女性4人とのデートをするという企画のためです。
ただこの4人の女性は皆、元芸能人とか音楽を勉強中とか、芸能界と繋がりがある人達だったみたいで、まぁガチ企画ではなさそう。
渡米に当たり番組は打ち切ったようなので、なんか、色々あるんでしょう。
別に深い事情は興味はない。

ここまでは番組の企画が絡んでいるので細かいスケジュールがわかるという。
雑誌で乗る飛行機まで明かされているのは意外だったけど、今と違って簡単に海外旅行できない*2から、そういう情報を明かしたところで追っかけられたりってこともなかったからでしょうか。

ロサンゼルスでディズニーランドに行って以降は、基本的には「ロスの南にある白い家*3」で生活をします。
正確にはロサンゼルスの市街地から15マイルの住宅地の中にあった、ジャニーさんのお兄さんの住んでいた家を間借りしていました。

このお兄さんのことは雑誌ではあまり触れられておらず、唯一語っているのは飯野さんが週刊平凡を通じて出したお手紙*4の中で「マネージャーの喜多川さん(ここで言っているのはメリーさんのこと)の弟さん夫妻の家に下宿しています」と語っているのみです。
ネットではNASAに勤めていた科学者で、アポロの設計にも携わっており、50代半ばで亡くなっている、とありますね。

この家で生活しながらどんなスケジュールだったかというと、こんな感じ。
平日
9:00~12:00:ハイスクールの外国人クラスで英語の勉強
水曜 14:00~16:00:ボーカルレッスン(ディニー・クラーク)
週3日 18:30~20:30:ダンスレッスン(カールトン・ジョンソン)
土曜
午後:ダンスレッスン(カールトン・ジョンソン)

カッコ内は教えてくれた先生の名前。
これもまた細かく教えていただけている。
平日のダンスレッスンは他の生徒も一緒のクラスで習っていて、土曜だけ個人レッスンだったようです。
カールトンは有名なダンス講師だったようで、実際に舞台やテレビの出演経験のあるプロのダンサーが生徒には多かったと記述があり、その中には映画「ウエスト・サイド物語」でチノ役を務めた男性の姿も見える、という記述もあります。
映画におけるチノ役というとホセ・デ・ヴェガという人ですが、先述した飯野さんからのお手紙には、「先生は映画『ウエスト・サイド物語』にも出演したチノさんという黒人*5の人」とあるので、雑誌側が生徒と見間違えた可能性もあるし、カールトンの生徒であったホセさんからもジャニーズは教わっていた、という可能性もある。
いずれにしろ、ジャニーズ伝説の劇中でも「『ウエスト・サイド・ストーリー』に出演した人からも教わったし」という台詞が急に途中から追加されたということだったので*6、ホセさんから教わったのは確かなのかな。

なお、解散の折りには、渡米中にもうそれぞれの得意分野が異なってきたことにより足並みが揃わなくなっていた、という話があります。
あおいさんも先日のごごナマで「途中からは2人ずつに分かれてレッスンに通っていた」という話をしていましたが。
中谷さんが語っている解散の理由のこともあるし。
なので全員でこのスケジュールをこなしていたのは前半だけじゃないかな。

ロス滞在中の出来事としていくつか。




それ以外に明らかになっているのは、10月8日にラスベガスのショーを観るためにロサンゼルスから一旦離れています。
これが「移動は現地で買った新車のマーキュリー*7」の、移動ってヤツです。


往復3日で、行きは順調に楽しく過ごしたようですが、帰りは砂漠の中で嵐に遭ってむちゃくちゃ怖くて、みんな「金属は身に着けてちゃダメだ*8」となって腕時計外して車のアンテナも下ろして、車の中でガクガク震えていた、とあります。

それから数日置いて、10月の中旬から1ヶ月かけてニューヨークまでの横断旅行をしています。
こちらはさすがにマーキュリーで全行程は行けないので、飛行機とレンタカーを駆使。
フィラデルフィアまで飛行機で飛び、そこからレンタカーでニューヨーク入り。
2週間ブロードウェイのホテルに滞在し、午前中はルイジ先生という著名な講師に歌とダンスのレッスンを受け、午後はブロードウェイミュージカルを見まくっていた、とあります。
ニューヨーク滞在中は他にもレッスンしてくれる講師を見つけては飛び込みでレッスンを受けたりもしていたようで、アル・ギルバートという大学教授からもダンスレッスンを受けています。

ニューヨークで空いている時間には観光も楽しんだようで、エンパイアステートビルに登った話も出ていますし、ブロンクス動物園に行った話も。


繋げるのが好きですいません。笑

このニューヨーク滞在後はナイアガラの滝を見た後シカゴにも立ち寄っていますが、シカゴは寒くて1泊で観念したそうです。
そのままサンフランシスコまで帰ってきて、サンフランシスコでもしばらく過ごしたのかな。
チャイナタウンの食事が美味しいし中華系の人達に親切にしてもらったとあり、サンフランシスコは気に入っていた様子。
それで、サンフランシスコからロサンゼルスに戻るという時には、飯野さんと中谷さんは飛行機、真家さんとあおいさんは車、という二手に分かれたそうです。

こちらについてはジャニーズ伝説の2017年版のパンフレットの中であおいさんが語っていますが、車好きの真家さんが車で帰りたいというので、あおいさんが面白そうだからとそれに乗っかったそうです(マーキュリーはもちろんないのでレンタカーです)。
パンフレットの中では、道が延々まっすぐでつまらなくて、街の中の道を選んだら全然時間通りに着かなくて、お金もないので崖みたいな所で車を停めて車中泊をしようとしたらポリスに声を掛けられちゃった、という話をしていましたね。
当時の雑誌ではさすがにその話はできなかったのか語られておらず、スカンクをひき殺しそうになったり色々大変だった、という程度ですね。

当初ジャニーズは3ヶ月で帰国するという予定ではあったんですが、実際には予定を延長して4ヶ月滞在。
1月3日 ハワイに立ち寄る→石原裕次郎に会う
1月5日 帰国
という流れ。
ハワイで裕次郎さんが出迎えるというのは突然出てきた記述なので理由は不明。
行きも帰りもハワイ経由してることについても、単純に直行便がなかったのか?ちょっと不明です。

なお、ジャニーズ伝説劇中では「4月になったらねぇ、またアメリカに行けるかもしれないよ」という台詞が登場します。
これについても当時の雑誌に記載がありました。
これは「ハリウッド・パレス」のオーナーであるニック・パノフ氏から番組*9のホストを務めてほしいと誘われていた、とあります。
「神様みたいに思っていたビング*10からも一緒にやらないかと誘われた」とあるんだけど、これについては実際に「ハリウッド・パレス」に出演したりという物的証拠がない以上本当の話かを確かめる術はないんですよね。
ジャニーズ伝説劇中でもこの件については触れられないし。
本当だったらおじいちゃん自慢したい話じゃないのかなぁと思うしね。
まぁ劇中でこの話を使うと解散に結び付けづらいというのもあるんだけども。

ただ本当だったとして、断った理由も、実際のところはこの時既に解散を決めてたからなんじゃないかな、とは思っています。
雑誌で語られている理由としては「僕たちはやっぱり日本のタレントだし、4ヶ月間の成果をこれから日本の皆さんに評価してもらおうと思っている矢先ですから」お断りした、とあるけど、それから1年しないで解散してるし。

全て終わった後に情報を集めて読んでいるので、結局は色々とほろ苦いなぁという結論に到達してしまうけれど。
「夢なんかじゃない、全て現実さ!」てあおいさんが言う通り、輝いた現実があったことも確かで。
おじいちゃんがこの期間の出来事を語りたかったのもよくわかる。
調べて現実に厚みが増すほどに、青春の瞬きという感じがしてとても眩しい。

*1:1965年10月30日~1966年4月30日まで放送。その後時間帯を変えて「ジャニーズ・セブンショー」が渡米後の1966年9月30日まで、録り溜めたものを使って放送されています。

*2:まだ固定相場制で1ドル=360円だし、アメリカに行くには1人500ドルまでしか持っていけなかった時代です。

*3:ジャニーズ伝説劇中のジャニーさんの台詞。戸塚さんが側転しながら言う、ここの説明台詞、好きでした。

*4:単にそういう形式が取られているだけで、お手紙そのものを公開しているとかいうわけではないので、どんな取材形式だったか、実際のところは不明です。

*5:実際にはホセさんはフィリピンとコロンビアのハーフ。

*6:私が観に行った後に追加されたので聞いた話です。

*7:こちらもジャニーズ伝説劇中の台詞です。

*8:当時の考えですね。

*9:ジャニーズ伝説劇中でも登場する「ハリウッド・パレス」という番組。

*10:ビング・クロスビー。ジャニーズ伝説劇中にも一緒に写真を撮った場面と写真が登場。「ハリウッド・パレス」には常時出演していたとあります。

ジャニーズ出演、映画「あの雲に歌おう」雑感。

本日よりABC座「ジャニーズ伝説2018」が無事開幕ということで、えびと嵐を愛でると銘打ちながら申し訳ないのですが、今回もここに綴るのは初代ジャニーズのお話です。

現在も観ることができる作品については基本的に追いたいと考えている昨今。
先日観たのはこちら。

あの雲に歌おう [DVD]

あの雲に歌おう [DVD]

こちらは1965年1月に公開された作品で、本間千代子さん主演の、いわゆる青春映画。
高校教師役として千葉真一さんが出演、主人公と同じ学校の生徒役、剣道部部長として西郷輝彦さんも出演しています。
恋愛の要素はありますが最終的に誰かと誰かが結ばれる的なラブストーリーというよりは、主人公を中心とした高校生達の成長を描いた作品、と言えるんですかね。

というわけで、こういう古い作品は実際に手に取る人達も限られると思いますので、ジャニーズ出演がどんな感じだったかということは記録しておこうと思います。
相変わらず盛大にネタバレをしますのでご了承ください。


ストーリーをざっと洗います。
ちょっと長いし、ここに一切ジャニーズ出ませんけど(主軸に絡まない出方)。
役名が覚えられなかったのでキャスト名でストーリーを語っています。

本間千代子さん演じる主人公は、母親を早くに亡くし、父と妹と3人暮らし。
母親代わりとして家事をこなし、妹を叱ったりするしっかり者で、岡崎二朗さん演じるクラスの不良や太田博之さん演じる優等生からも好意を持たれるマドンナ的存在。
新しく赴任してくる千葉真一さん演じる教師に恋をしますが、この恋心が主軸という感じでもなく。
自分が私生児であることを知ってから荒れて高校に進学しなかった新井茂子さん演じる元友人は、岡崎二朗さんに想いを寄せていましたが、もともと自分とは異なり順風満帆に高校に進学していた本間さんに対し持っていた嫉妬心が、岡崎さんの本間さんへの想いを知り、更に燃え上がります。
結果、本間さんが宮園純子さん演じる英語教師に千葉真一さんとのことを話しに行こうとした日に、新井さんは、自分と同じ目に遭わせたいと、かつて自分を襲った街のチンピラに本間さんを襲わせるという恐ろしい手段に出ます。
結果、たまたまラブレターを渡そうと自宅を訪れた岡崎さんが本間さんを追いかけてきたため危ういところを助けることができたものの、気絶している間に岡崎さんが駆けつけたため、暗がりの中で犯人が岡崎さんだと勘違いし、岡崎さんを激しく責めて逃げていく本間さん。
新井さんはそこで傷心の岡崎さんにすがりつくも拒絶され、全てに絶望し、岡崎さんを犯人に仕立て上げて彼らの高校の周囲で言いふらします。
それでも西郷輝彦さんの出した助け舟で気持ちを立て直した本間さんは新井さんに「今こそ友達に戻りたい」と告げ、その言葉にようやく溶かされた新井さんは本間さんに本当のことを打ち明け、誤解していたことを岡崎さんに謝る本間さん。
岡崎さんは、自分は本間さんのことは自分を導く灯台の光で、それを目指して新井さんを一緒に連れていきたいんだ、本当に好きなのは新井さんだ、と気付かされたと打ち明ける。
街のチンピラは岡崎さんが改めて、新井さんの分も、漁船を使った激しい立ち回りで締めあげました。笑
新井さんは激しい後悔から海で死のうとしますが本間さんが助けて事なきを得る。
最後にクラスの全員で問題の解決を祝って大団円。

なかなかに激しいストーリーです。

この作品の中でジャニーズは、西郷輝彦さんとは同じクラス、本間千代子さんとは違うクラスという立場で登場します。
主な出演シーンは3箇所。
冒頭の通学時の駅でのシーンと、授業中のシーン、最後のクライマックスに隣りのクラスから主人公のクラスまで来てふざける。
ストーリーの主軸には直接的に絡まないものの、とても目立つ茶化し役という感じ。

冒頭は電車を降りて混雑する駅の人の波を抜けて改札を次々にくぐるメンバー。
お若い方に説明しますと、当時は駅員さんが目視で定期をチェックしたり手渡しで切符を受け取っていた時代です。
改札を抜ける時にメンバーは駅員さんに見えるように定期をかざしていくわけですが。
最後の真家さんが駅員さんに呼び止められる。

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ここの真家さんの笑顔が大変かわいいのですが、内容としては定期ではなく水着のおねえちゃんのグラビアを見せてしまい呼び止められて「あちゃー」って顔をした後で「ハイッ」て笑顔で裏面の定期を見せるという、実に健全な高校生の姿ですね。

この作品の中でジャニーズのデビュー曲でもある「若い涙」がMVかよという尺で披露されることは把握していました。
昨年のテレビ朝日のドラマ「トットちゃん」の中でTravis Japanのメンバー*1初代ジャニーズとして黒柳徹子さんが司会を務めた「夢であいましょう」に出演する場面がちょっと登場しましたが、その中で披露された「若い涙」の振付と衣装はこの作品のものをそのまま再現しているようです。

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これは英文の訳ができなくて、とはいえ真面目に訳そうと試みたのはあおいさん演じる春田だけで(でもしどろもどろだったので立ってるように言われる)、
秋山(中谷):だいたい(春田と)似たようなもんです→立たされる
夏目(飯野):居眠りしていて起こされて「ハイ?夏目ですけど何かご用ですか?」→立たされる
冬木(真家):指名されて立ち上がるも黙っているので先生に訳を答えるよう促されると悪びれもせず笑顔で「僕も立ってます、ハイ」
という感じで先生(宮園純子さん)の逆鱗に触れ「お寺に行って座禅でもしてらっしゃい!」と言われ、それでも元気よく「イエッサー!!」と言ってからのお寺バックの「若い涙」です。
ちなみにお寺は本間千代子さんの親友(島かおりさん)の自宅、且つ千葉真一さんが寄宿する場所としても使われます。
役名が春夏秋冬なのは、グループ感を出したかったんでしょうね。

最後の出演シーンでは、本間さんと岡崎さんにまつわる問題が解決したところで、本間さんは千葉真一さんに対する恋心を卒業することを宣言し、黒板に相合傘で書かれた千葉真一さんのあだ名(ブラック源氏*2)の隣りに自分ではなく宮園純子さんの名前を書きます。
そこでクラスが盛り上がると、なんだなんだという感じで隣り?のクラスからジャニーズが登場。
黒板の文字を見てすかさず4人並んで他の先生達の相合傘を書くというくだり。
最後まで茶化して終わるという感じですね。
駆けつけた先生達も内容からなんだか怒るに怒れないみたいな流れになり、遅れて駆けつけた西郷さんも笑顔で、みんなで拍手する、という、ここちょっとなんでそうなるのか理解できてないけど、まぁなんか、良かったね?みたいな感じです。

DVD購入時点では「若い涙」がMV状態ということしか把握していなかったので、他は目立った出演がないのではないかと危惧していましたが、蓋を開けてみると結構目立ってたし、ほかの要素もあって楽しめたな?という感じです。
ほかの要素ってなんだって言うと、W輝彦の共演ですね。
あおいさんの名前で検索すると大体「星のフラメンコの人じゃないですよ」とか「辺見えみりさんのお父さんじゃないですよ」みたいな記述が見つかるので、たぶん西郷輝彦さんで検索しても「水戸黄門の助さんじゃないですよ」とか言われてるんだろうと思うんですが、このお名前でしかも同時代で被ることって珍しいと思うから、共演作は貴重です。
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授業中のシーンで、西郷さんの後ろの後ろの席にあおいさんがいます(赤で囲んでるのが西郷さんとあおいさん。他のジャニーズメンバーは黄色で囲んでいます)。

もう1つは、真家さんと長沢純さんの共演。
長沢純さんはスリーファンキーズというグループに所属していて、ジャニーズと同じように日劇ウェスタンカーニバルなどにも出演、当時真家さんに似ていると言われていたそうです。

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1枚目が長沢さん、2枚目が真家さん。
体格が結構違うので、並べてみるとそうでもないのかなと思いますが、単純にジャケ写やブロマイドなどで比較する分には確かに似てるなと思います。
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1枚目が長沢さん、2枚目が真家さん(ともに前列中央)。
長沢さんは優等生の太田博之さんといつも一緒にいるけど自分自身は優等生ではなく、クラスを盛り上げるコミカルな役どころとして登場するので、ジャニーズよりはずっと台詞量も多いし出番も多いんだけど、作中の役割としてはジャニーズと近しいものはあったのかな。

なんとなく単純に当時のジャニーズが持っていた空気とか、1人1人が言葉を発する時の表情とか、そういうものが知れるだけでもとても貴重かなと思います。
この映画の公開の後、10月には日本テレビNHKで自分達の冠番組を持ち、年末には紅白歌合戦にも出場しています。
出演の仕方から推しても、人気が特に上がり始めていた時期だったのかなという印象。
当時はアイドルという存在さえ確立していなかったと言いますから、俳優とは全く別の存在と捉えられていたとは思うので、こういう出方になるんだなぁという感じ。
でも目立ってるから私は楽しかった。

*1:宮近海斗くん、中村海人くん、七五三掛龍也くん、吉澤閑也くん

*2:国語教師で源氏物語を扱った授業の中で島かおりさん演じる本間さんのクラスメイトが光源氏から付けたあだ名。日焼けしてるからブラック源氏。

ジャニーズ「Nothing Sacred/I Remember」のリリースについて。

ジャニーズ伝説2018が始まる前に、わかっていることは全部出してしまいたい今日この頃。

ジャニーズ伝説にも深く関わる曲のことであるにもかかわらず別出しにしたのは、単に前投稿に手を加え過ぎて自分でもいい加減にしろよと思ったのと、前投稿が長文過ぎるというだけで、深い意味はないです。
前回はこちら。
hachi-kyu.hatenablog.com

前回、リリースはしているはずだけど細かいことわかんないなー的なことを書いていますが、多少はわかるはずなのに調べるのをサボっていただけです。
以前に見つけたサイトがありました。
www.garagehangover.com
英語に強い方が読めば一発だったんでしょうが、いかんせん日本語しか専門にしていませんので、翻訳を面倒がってちゃんと読んでいませんでした。

こちらにある通り、バリー・ディボーゾンが代表を務めていた「Variant Records」というレーベルは、1967年4月に、ワーナーに買収されています。
記事には買収までの経緯が詳細に書かれていますが、端的に言うと、買収に当たって複数のアーティストの全てのリリース済み及び未発表曲の販売権を取得したようで、その中に「The Johnnys」の名前もあります。

「Nothing Sacred/I Remember」のリリース日が1967年7月とあるので、この買収の後ということになります。
ジャニーズは1967年1月5日に帰国しているので、リリースには関わっていない可能性が高いのかな、という感じ。
買収後に、連絡がつかないまま、ワーナーの手でリリースされた、などというのは今なら考えられないけど、日本とアメリカがとても遠かった当時なら、そういうこともあるのかもしれない。

4月になったらまた渡米できる、という話があったと劇中で出てきます(これに関しては中谷さんが言っている解散の経緯と矛盾が生じるので、実際のところがちょっとはっきりしないんだけど)が、それが流れたのはこの買収劇があったことが関係しているのかもしれないですね。

どのくらい売り上げたのかはわかりませんが、2曲とも楽曲としての評価はそれなりに高かったのではないかと思われます。
「Nothing Sacred」はコンピレーションアルバムなのかな?
複数のアーティストの曲とともにCDにもなっています。
www.discogs.com
中古なら入手は可能なようですが、中古品を扱っているのがいずれもアメリカなので購入するにも送料がかかるし、「I Remember」は入ってないしで、手を出すのをずっとためらっていますが(他に欲しい初代関連の物が古書店にいくつかあるので)。

今わかっているのは以上です。
この2曲についてはもし新たなことがわかったらここに追記していくつもりですが、もうこれ以上は難しいかもなぁ。

A.B.C-Z ABC座ジャニーズ伝説2017を初代厨が補足する。

お久しぶりです(常套句)。
はてなダイアリーが来年春で終了ということでインポートをしないといけないんだけど、インポートが集中していてできないそうなので、ログインのついでに顔を出したりなどしてみました。

今日は松本潤さんのお誕生日ですね。
おめでとうございます…!
かわいいかわいい松本さんが35歳だなんてそんなバカな、と思ったらそれより一足早く35歳になった人の方がよほどそんなバカなだなと思い直した次第です。
二宮和也っていうんですけど。

そんな大切な松本さん(どんなだよ)のお誕生日の前日は、A.B.C-Zの結成10周年でした。
そうなんですよ、沖野くんのお誕生日でもありえびちゃんのお誕生日でもあるんですよおめでとうございますですよ。

嵐とえびの話がごっちゃごっちゃになってますけど、掛け持ちっ子ですのでご勘弁を。

ということで、今日これから綴るのはえびちゃんのお話です。
結成日にめでたく発売された新曲「JOYしたいキモチ」と、ABC座「ジャニーズ伝説2017」。
「JOYしたいキモチ」の方は今のところオリコンデイリー1位発進ということでめでたい次第なのですが、個人的に待望の、待って待って諦めかけたところに発売が決まって文字通り泣いた「ジャニーズ伝説2017」のお話をしたいと思います。

なぜ、泣くほど喜んだのかという点については、ツイッターの方でお世話になってる方がお読みになるとまぁご存知かと思うのですが。
この作品をきっかけに初代ジャニーズに興味を持ったんですね。
このタイトルでやるのは2013年の初演から3回目だったわけですが、初代に興味を持ったのは2017年が初めてでした。
肝心のジャニーさん役が劇中に登場するということもあったのでしょうが、私がえびを好きになったのが2013年で、初めて行った現場が再演である2014年のジャニーズ伝説だったため、初の現場でえび以外に目を向けるのは不可能だったんでしょう。
あと、単純にえびちゃんが5人で芝居することをこれまでずっと積み重ねてきたからか、間の取り方とか、明らかに良くなってるので、ストーリーに入り込めたということもあるのかもしれない。
芝居自体、絶対的に技量は上がってると思うし。
気になる方はぜひ初演の「ジャニーズ伝説」が映像化されておりますのでそちらもどうぞ。
ストーリーもベースは一緒なので比較できるけど、結構違うところは違うし、ショータイムの内容は全く違うので、楽しめると思います。

…なんか宣伝してしまいましたが。

おたくの習性というのでしょうか、実に迅速に初代厨になりました。
手に入るだけのレコードをEP、LP問わず手に入れ、当時の雑誌を入手し、出演した映画のDVDをレンタルし、NHKアーカイブスを閲覧できるライブラリーに当時の出演番組を観に行ったりもしました。
ジャニーズがアメリカでビング・クロスビーに写真集を渡したくだりは劇中でも描かれていますが、その写真集と同じ物も、運良く古書店で手に入れました。
あくまでジャニーズとしての活動期間である約5年間についてのみなので、あしたのジョー*1水戸黄門*2に手を出したりはしていないんですが。
リトル・マーメイド*3は初代厨になる前に観ていました。

そんな行動に至るきっかけとなった「ジャニーズ伝説2017」を映像で手元に置きたいという感情はちょっと異常なまででした。
なのでね。
泣きました。

前置きが鬼のように長くなりましたが、初代厨の観点から「ジャニーズ伝説2017」の補足をしていきたいと思います。
需要は不明です。
興味のない人は読まないんだから気にしない。
既に前置きの長さでだいぶ読む人が減ったであろう自覚はある。

ということで、ショータイム部分には触れず、あくまでジャニーズ伝説のストーリーに特化した、ネタバレ大前提でお送りします。
今年もジャニーズ伝説2018がありますので、まだ観ていなくて、一切知らずに臨みたいよという方はお逃げください。
事実はどうなのか、みたいなことにも触れているので、ほかの人が読んで楽しい内容かという点にも自信は持てません。
あとツイッターで過去に出していることとはかなり被ると思います。



さて。
この作品の始まりは、のちにジャニーズになる4人の少年が、ジャニーさんがやっていた少年野球チームを見学するくだりから始まります。
これ、そもそも少年野球チームを作ったのはなぜなんだろうというのが疑問でした。
ジャニーさんが野球を愛してることは知っていますが、1人で勝手に作って子供を集めるにしたって、場所とか道具とかお金かかるんだし、そもそもアメリカで育ったジャニーさんが日本で少年野球をやりたくなるものなんだろうかと。
ということで調べました。

この話は過去にジャニーさんの過去を扱ったいくつかの書籍やネット記事にも出ているのでご存知の方も多いかも。
私はとりあえずこれの前半部分を読みました。

ジャニーズと日本 (講談社現代新書)

ジャニーズと日本 (講談社現代新書)

あとはこんな記事も読みました。
www.newsweekjapan.jp
ジャニーさんのお父さんは真言密教高野山の導師で、宣教師としてアメリカに渡ったため、ジャニーさんはアメリカで生まれます。
アメリカで生まれたアメリカ人だったジャニーさんは、戦中は日本で過ごしたりもしますが、戦後アメリカに戻り、徴兵されて米軍に所属します。
それで軍事援助顧問団の一員*4として来日し、アメリカ大使館に駐在したそうです。
そこで、当時在日米軍施設だったワシントンハイツ*5に住み、その敷地で少年たちに野球を教えることになります。
野球自体は戦前から既に人気スポーツではあったので、もう少しベースボールらしいものだったんでしょうが、野球は当時、日本に民主主義を根付かせる手段として有用だと言われていたそうなので、米軍も推奨したんでしょうね。
ジャニーさんが趣味でやり始めただけなのか仕事の一環としてだったのかは不明ですが、スタートはそういう経緯みたいです。
ジャニーさんが日本の子供たちに自由な精神を学んでほしくて野球を教え始めたのではないかというのは、なんとなく、ジャニーズ野球大会がある程度盛り上がれば9回まで行かずとも終わりにしたり、勝敗がさほど重要ではないあの感じに繋がるので、納得感があります。

ちなみにアメリカでベースボールが民主主義的であるという考え方が一般的なものなのか私は知らなかったんですが、先日浜中文一さん出演の「Take me out 2018」という、アメリカ人脚本家が書いた舞台の翻訳劇を観てきたんですが、その中でもベースボールが民主主義的なものであることに言及する台詞があったので、裏付けを取れたような気持ちになりました。

で、ジャニーズが結成するきっかけになった作品が「ウエストサイドストーリー」と言われていますが、これはのちにNHKで彼らがレギュラー出演した「若さとリズム」という番組の初回で披露されたのがこの作品の中の「Cool」という曲だったことからもわかります。
NHKのライブラリーで1回観ただけなので正確なところは不明だけど、恐らく正確に振付を再現していたと思います。
ジャニーさんがこの曲が好きなのはまぁ、「闇を突き抜けて」のCool感たるやでわかりますけどね。
ジャニーズ伝説2017の劇中で映画を鑑賞している間にその世界に入り込んでしまうというくだりがありますが、それがまさにこの曲の場面です。
ジャニーズのご本人達も好きだったんだろうな。

ジャニーズが結成したもののそんなすぐに芸能界に進出できるもの?というのもありますが。
これは戦中疎開している時にメリーさんが大阪松竹歌劇団京マチ子さんの世話役をしていたことも関係しているのかな、と思います。
メリーさん、はっきり物を言う性格で京マチ子さんに気に入られていたそうなので、その頃築いた伝手はあるんじゃなかろうか。
森光子さんと知り合ったのもこの頃だそうだし、松竹とは今も縁が深いですしね。
あと、戦後日本の芸能人がアメリカで活動したいと希望した際に、持っていた寺院の一部をホールとして開放したのがジャニーさんのお父さんだったので、ジャニーさん自身もそこでお手伝いをしながら関係は築いていたんじゃないでしょうか。
そこで渡米してきた日本の芸能人の写真を撮って売ってあげて、その売り上げをご本人に渡してあげていた、という話は蜷川さんと対談した中でもジャニーさんが言ってますね。
ジャニショ写真の原点。

そして初演から歌われ続けている楽曲として「悲しき雨音」が登場しますが、ジャニーズがテレビで初めて歌を披露したのがこの曲でした。
そういう意味で、ジャニーズにとってとても大切な曲ということなんでしょう。
言ってくれよそれ、劇中で。
私が知ったのは写真集に出てくるからですね。
経緯は全く不明ですが、スパークショウという番組の最終回に出演し、そこで披露している時の写真があるんですが、そのキャプションに「TVで始めて歌った時-スパークショウの最終回『悲しき雨音』」(テキストママ)と書かれています。

ただこの歌を披露したのはのちの話で、劇中にも出てくるように、彼らはまずバックダンサーとしてテレビに出始めるわけですが、その1つが「夢であいましょう」です。
NHKでやっていた音楽バラエティーで、黒柳徹子さんや坂本九さんなどが出ていました。
この番組に関わっていたのが永六輔さんと中村八大さんで、のちにジャニーズのデビュー曲「若い涙」はこのコンビで作られています。
この曲は劇中には登場しませんが、Travis Japanのメンバーがジャニーズを演じたテレビ朝日のドラマ「トットちゃん」では歌われました。

そして人気絶頂のジャニーズがステージで披露するのが「涙くんさようなら」。
これは坂本九さんが歌った曲として一般には知られていますが、そちらのタイトルは「涙くんさよなら」。
全く同じ曲ではありますが、タイトルを「涙くんさようなら」と一字変えて、坂本九さんリリースの約1年後にジャニーズがリリースしています。
この曲はほかに「和田弘とマヒナスターズ」というグループも坂本九さんと同名タイトルで、坂本さんとジャニーズのリリースのちょうど真ん中ぐらいの時期にリリースしています。
なんだか不思議な感じはしますが、当時はそういう、近々で同じ曲を別のミュージシャンがリリースすることも珍しくはなかったんですかねぇ。

そしてここすごい重要で、もしも私が「A.B.C-Zカルトクイズ」を作るなら(何それ)絶対問題にしたい話なんですけど。
ジャニーズは1966年にアメリカに渡るんですが、出発したのが8月28日です。
何時に出発したのかにもよりますが、アメリカに着いたの、日本時間で8月29日じゃない?
8月29日。
そう、A.B.C-Z結成日です。

さすがにそれはジャニーさんも意図はしていなかったんじゃないかな、符合させようと思うなら結成日同士とか、もう少し劇的なものにするだろうし、と思うと、奇妙な符合に、なんだろうなーと思います。

そんな1966年にアメリカに渡った場面でまず描かれるのが、ビング・クロスビーとの出会い。
これ、主軸となるストーリーと直接関係はないのに、初演から欠かさず登場するシーンです。
ジャニーさん、よっぽど嬉しくて、自慢したいんじゃないのかな。笑
この時ビング・クロスビーに中谷(河合)さんが「マイグループパンフレット」と拙い(笑)英語で手渡すのが、冒頭にも触れた「ジャニーズ'65」というタイトルの写真集です。
具体的な内容は一部をお見せしているので、興味があればこちらをどうぞ。
twitter.com
モーメントにも出してる通り、同名タイトルのリサイタル(つまりはコンサート)に先立って、それまでの彼らの活動を網羅したような写真集で、出演した舞台やテレビ番組の写真を軒並み掲載しています。
そしてそのリサイタルの会場は日生劇場っていう。
出来過ぎ感。
ジャニーさんが考えてるんだからそりゃ出来過ぎで当たり前なんだけど。
内容的に「パンフレット」と呼ぶのはとてもわかるし、写真だけで十分活躍が伝わるので、アメリカで自分達を紹介するために持ち歩いたのはよくわかる。

そんなビング・クロスビーとの出会いの後、バリー・ディボーゾンと出会った経緯が本当にレッスンスタジオだったか否かはまぁ信じるしかない、裏付けがないんですけど。
ただ、バリー・ディボーゾンが「Never My Love」を作ったアドリシ・ブラザーズにジャニーズを紹介したのは確かです。
これはのちにアドリシ・ブラザーズの弟の方、ディック・アドリシが、AssociationのCDのライナー・ノーツで語っているそうです。
この語った内容については山下達郎さんがラジオ番組の中で紹介している、ということを、その番組を書き起こしている方のブログで読みました。
書き起こしてくださっている方がいらっしゃるのは有り難いことです。
yamashitatatsuro.blog78.fc2.com
こちらを読むとわかりますが、ディックの記憶では、最初にジャニーズが興味を持ったのは「Autumn Afternoon」という曲でした。
その曲を歌いたいと言ったジャニーズを紹介され、「Autumn Afternoon」を録音した際に、「Never My Love」も録音したとのこと。
達郎さん、どうやってそのDAT手に入れたの…。
ちょっとそれ私にCDにして(DATはさすがに聴く手段ないので)売ってくれません…?
ジャニーズは劇中の台詞にあるように全部で16曲録音したとあるので、その中にこの「Autumn Afternoon」もあるんでしょうし、達郎さんもしかして16曲持ってるんですかね…売って…。

余談ですが、ジャニーズと出会った頃のバリー・ディボーゾンは劇中ではものすごく年上のような感覚を受けますが、1934年生まれなので、当時32歳。
ジャニーさんより年下です(ジャニーさんは当時35歳)。
アドリシ・ブラザーズも、兄のドンは1938年生まれの当時28歳、弟のディックは1941年生まれの当時25歳。
ジャニーズはどうだったかと言えば、真家さんと飯野さんが22歳、中谷さんが19歳、あおいさんが18歳でした。
それだけ若い男の子達が、まだやっとアニメがカラーで放送されるようになったばかり*6の日本からアメリカに渡ったわけです。

ちなみに全米デビューはしていないという流れになっていますが、それはLPレコードを出していないという意味なんでしょうか。
この辺りのところがよくわからないんですが、私の手元には白い盤面に「Not for sale」と書かれたワーナーのレコードがありまして。
ジャニーズが歌った「I Remember」と「Nothing Sacred」が入っています。
電子化はあまり上手くはいきませんでしたが雰囲気だけでもお伝えできればと思います。



「I Remember」は1幕の最後にえびが赤いスーツ姿で披露する曲ですね。
公演期間中とても人気がありました。
「Nothing Sacred」は2幕で、帰国したジャニーズが日劇ウェスタンカーニバルの楽屋でスパイダースに聴かせている曲です。
このレコード自体は「Not for sale」の文字通り販売されたものではなくプロモーション盤と思われますが、ネットにはオレンジの盤面のレコードもあり、こちらは「Not for sale」とは書かれていません。
Wikipediaのジャニーズのページでもアメリカでリリースしたものとしてこのレコードのことが挙がっています。
ので、リリースはしているようなんですがね、リリース時期がわからないので、このリリースにジャニーズが直接関わっていたのかは不明です。

なお、ディボーゾンが自分で持っていたのは「Variant Records」というレーベルですが、ワーナーは関係が深かったよう*7で、Associationもワーナーから出しているので、特に不自然なところはないかな。

それと、「Nothing Sacred」のくだりで言うと、劇中のスパイダースの出演の仕方が公演期間中から結構気にはなってました。
映像化で唯一心配したのそこでした。笑
本当にあんな受け止め方をされたのなら致し方ないけども、いいのかしら、あれ。
まぁ一般的な受け止め方はああだったんだよ、という一例であって、スパイダースに限らなかったということなのかもしれないけど。
ジャニーズの解散コンサートは渋谷公会堂でおこなわれていますが、この時のゲストとして出たのがスパイダースなので、結構近しい関係にはあったと思うんですけどね。

少し戻りますが、2幕の冒頭でジャニーズが紅白歌合戦に出場した場面が登場しますが、これは1965年の年末のことなので、渡米前のことです。
この時石原裕次郎さんからの電報が紹介されていますが、これは全く同じ場面の実際の紅白の映像を見たことがあります。
ネットで見たんですけど、この電報紹介のくだりまであるものがまだ見られるのかはちょっと不明です。

石原裕次郎さんとの繋がりは、最初は石原慎太郎氏になるのかな。
1965年4月に慎太郎氏が脚本を書いた「焔のカーブ」という北大路欣也さん主演の舞台にジャニーズが出演しています。
その後、先日発売された、えびとあおいさんの対談が掲載されている女性自身の中でも触れていましたが、「青春大統領」という石原裕次郎さん主演映画にジャニーズが出演。
そちらはオーストラリアでロケがおこなわれたため、ジャニーズはオーストラリアにも行ってるんですね。
高まる。
この映画の映像は一部がネットに落ちていましたが、歌って踊るジャニーズがたくさん観られるようなので、今私は石原裕次郎シアターDVDコレクションで「青春大統領」が出る日をじりじりと待っています。
publications.asahi.com
解散の経緯については、劇中で語られているのとは異なることを、中谷さんがのちに出版した本の中で語っていますが、そちらは、もう、肝心の真家さんもいらっしゃらないので、ここでは触れないことにします。
検索すればわりと簡単に出てくるけど、楽しい話ではない。
とにかく解散の時点でも4人が不仲だったわけではないことは、のちに一時的な復活をしたり、ヒットスタジオだのFNS歌謡祭だのにあおいさんがソロで出演した時にほかのメンバーが駆け付けたりしているので確かです。

個人的にはそういう、4人の当時の関係性は、えびに近いから、そんなに意識しなくても出てるのかなっていうのはある。
飯野さんは体力オバケでいつも1人でもダンスのレッスンをずっとしちゃうような人だったし、真家さんはリーダーだったけど慎重さに欠けるところがあったりするお茶目な人で、僕達に必要なのは常にトレーニングって言ってる人だった。
中谷さんは甘えん坊でカメラの前ではおちゃらけることが多くて、4人の中で1人だけ「良ちゃん」とあだ名で呼ばれていたし、あおいさんはぽやぽやしていつも眠い末っ子だった。
あ、「良ちゃん」呼びはやってくれてもいいのになと思う。

1つだけ忸怩たる思いでいることがあり、文句になるのでそんなこと載せることではないのかなと思いながらも、悔しいので載せます。
結末にガッツリ触れるのでお気を付けを。

ジャニーズにもえびにも絡まない部分ですが、ジャニーズ伝説2017でカットされていたシーンがありました。
ジャニーズの解散が決まり、最後の舞台作品が「いつかどこかで~フォーリーブス物語」というタイトルで、そのタイトルの「フォーリーブス」を「別れるため」という意味ではなく幸運のしるしである「四つ葉」に置き換えデビューするのがフォーリーブス、という話から、フォーリーブスの楽曲が紹介されます。
えびがフォーリーブスの再現衣装(紫のセットアップ)を着て披露する形で紹介されるのは
・ブルドック
・踊り子
・地球はひとつ
の3曲ですが、その後、四つ葉がバラバラになる映像とともにTravis Japanの宮近くんが虚空に手を伸ばす仕草を見せてはけるところで、「さよならの誓い*8」のイントロからAメロの冒頭ぐらいまで流れて、それがふっと終わる形で暗転します。
この、四つ葉がバラバラになるところからがごそっとカットされました。
ここ、えびも出てこないし、ジャニーズとも絡まないんですが、1つの時代が終わったという感覚が、台詞がなくとも演出で伝わる良い場面だったんです。
「さよならの誓い」がイントロだけでも良曲なのがわかったし、後で知りましたが歌詞も場面によく合っていて。
なんでカットしたの…?ていう悔しさを残しておきたいので書きました。

ちなみに「Never My Love」がThe Associationによってアメリカでリリースされたのは1967年8月9日です。
CashBoxで全米1位になったのは1967年10月のこと。
ジャニーズの解散目前。
ジャニーさんは未だ惜しむのかもしれないけど、ジャニーズがリリースして同様にヒットしていたとしたら、日本にジャニーズ事務所はなかったんじゃないだろうか、とちょっと思ったり。

A.B.C-Zが「Never My Love」を発売したのが、2013年11月20日
その46年前の1967年11月20日にジャニーズは解散しています。
ここは狙ったんだろうか。
わざわざ11月20日が媒体リリースの水曜日になるまで、ジャニーさんは待っていたんだろうか。
ジャニーさんに聞いてみたい気もするけど、偶然でも意図的でも、どっちでもすごいことだから、知らなくてもいいのかな。

*1:矢吹丈の声優であおい輝彦さんが出演。

*2:助さん役であおい輝彦さんが出演。

*3:セバスチャン役で飯野おさみさんが出演。

*4:Wikipediaさんには通訳として、とあります。

*5:現在の代々木公園辺り。えびのコンサートでお馴染み代々木第一体育館も含みます

*6:ジャングル大帝がカラーアニメとして初放送されたのが1965年です。

*7:後にワーナーに買収されている?英語力に自信がないのでこの辺りはちょっと不確か。

*8:曲名は公演期間中わからなかったのですが、のちにフォーリーブスのファンの方から教えていただきました。ありがとうございます。

A.B.C-Z アルバム「VS5」雑感。

さほど意味はないのですが、相当久し振りの投稿でいきなりダイアリーからはてブロへお引越ししてきました。
ブログのタイトルも適当。
まあないよりいいだろ程度の内容しか書けませんよという話です。

久し振りに投稿した理由は、A.B.C-Zがアルバム「VS5」をリリースしたということで、曲順に従って感想をツイートしようと思ったんだけど個人の感想をシングル曲抜いても13曲分も感想ツイートされても邪魔だろ、ということで、こっちに垂れ流すことにした、というものです。

聴いてない見知らぬ人が興味を持つ可能性を考慮して、拙い曲解説とともに。
ではではいってみましょう。

1. Rock with U
2曲あるアルバムリード曲の1曲目。
前回のアルバム「5 Performer-Z(ファイブパフォーマーズ)」に収録された「テレパシーOne!Two!」以来のTAKAHIROさん振付でMVも制作されています。
MVではニュースタイルの振付で踊る白えびさんとオールドスタイルの振付で踊る黒えびさん*1に分かれて踊り、5対5で対決するという展開。
なので振付は、完全に全て分かれているわけではないけど、2パターンあると言ってよく。
普段我々は彼らのことを散々体力オバケだと言ってるわけだけども、このMVのメイキングではそんな彼らがめちゃくちゃバテているというものすごく珍しい光景が見れます。
私は五関さんが手首を痛めるのでちょっと胸が痛い。
まあ河合さんがコールドスプレー振ってあげた後
五「いつもありがとう」
郁「いつでも言って。家にも行くから」
という会話が繰り広げられたことには天を仰ぎましたけど。
この曲は本当に、河五が散りばめられていまして、五関担はずっと河合さんにマウンティングされ続けたんですけど。

五関さんて怪我と縁遠いという印象なので、これがもう過ぎ去った出来事であることが有り難い。
もう痛くないと言ってほしい。
実際黒えび側の振付は結構跳んだりするので、手足にかかる負荷は踊っててもあるのに、撮影序盤で3連でのバク転を5~6セットやって、その後終盤でも何セットかわからないけど複数回やってたみたいなので。
3連バク転は塚五でやる振付だったけども、プラスほかのアクロバットもこなしていた無傷な塚ちゃんが凄いって話でもある。

ていうかこのMVの結末には私は結構驚いたんだけど、皆さんどうなんですかね。
は!?て言ったよ、マジで。
アルバムリード曲だからやったことなんだろうなぁ、シングル曲ではできない展開だよなぁ。

MVの感想で埋まってしまった。笑
でも曲自体これはとても好きです。
できることなら踊ってほしいタイプのおたくだけど、踊れる曲だからって楽曲まで好みとは限らなかったりして、それでも聴き込むうちに結果全部好きになるパターンもあるんですが、これは最初からかなり好き。

2. Burnハート
個人的にとても刺さり曲。
タイトルもそうなんだけど、事前にラジオでこの曲の振付を五関さんがされたと聞いていたものだから、まさかこういう曲調だとは思わず。
なんていうか、ホーンもピアノも結構派手に入る明るいタイプのロック。
私はもとが奥田民生を聴いてきている人間なので、こっちの方が好きなんだけど、えびが今まで歌ってきたロックってこっち系ではなかったし、正直こっち系をアイドルが歌うイメージって、あまりなかったかな。
TOKIOとかエイトとかバンドでやるグループならわかるけど。
でも単純に、自分が好きな系統の曲をアルバムに入れてくれたことも嬉しいし、それを自担が振り付けるというのは、この目で見るのが楽しみでもある。

3. Steal Your Lips
目下この曲の振付を五関さんがなさるのかどうかが私の興味の的。
曲調としても歌詞としてもVanillaやLily-Whiteの流れを汲むセクシー路線だと思うんだけど、この系統の曲を五関さんが振り付けるのって、まあSecret Loverはやってるんだけども、そんなに多いわけではないので、やるとしたらどうなるのかが気になる。
個人的にはJr.時代に山Pさんのツアーでバックを務めた時の映像を見て、色っぽい振付で踊らせたらこんなに色気が爆発するのか…!てのがあったので、五関さんが振付で、尚且つそういう振付であってほしいとは思ってるんだけど、どうですか(誰に聞いてんだ

4. ツカズハナレズ
うん、いや曲調は素敵仕様でこれアイドルソングの王道的な要素もあり切なくてすごくいいよねって話ではあるんだけども。
事前に河合さんが篠原ともえちゃんのラジオ番組にゲストで出た際に「メンバー間のことも思い出される曲」みたいなことを言っていたので、ほうほうって楽しみにしてたわけですけど。
橋五がさー、やってくれたよねーこれ。
A.B.C-Zが18号連続掲載されていることでファンの間ではすっかりお馴染みとなったTVガイドPERSON。
この最新号で彼らは表紙を飾っているわけですが(お世話になります(誰だ
その中で今回のアルバムのユニットでの対談をした記事がありまして。

五「年齢とともに来る良亮の"デビュー"は全て、俺、制覇してるな」
橋「うん。俺の"初めて"は全部、五関くんが一緒だった。だから、ずーっと大好きなんだよね!」

て会話があるんですけど。
一方でこの曲の歌割り。

橋:全部の初めてを君と味わったっけ
五:初めての冒険や旅も隣にいたね

…わざとじゃん!
こんなのコンビ萌えしてくださいはいどーぞって皿に載せられたみたいなもんですよ。
もうコンサートで2番歌わなかったら全私が泣く。
号泣する。
けど歌わない可能性高いよねー…。

5. 誰のものでもないこの道を
これは個人的にはFuture Lightの数年後、みたいな感覚で聴いてしまう歌詞です。
青春を少し苦い思い出とともに振り返りつつ前に進んでいく、みたいな感じが。
Future Lightを、映画「ラスト・ホールド!」と重ねて聴いているので、青春真っ只中というイメージを持っているので、どうしてもそうなります。
私ならそういうストーリー性を持たせてセトリでFuture Lightの後に持ってきたい、などとついつい。
この曲はゆったりはしてるけど踊れなくもない曲なので振付あるかないかが気になるところ。

6. はらはらひらふ
先日塚五で出演した土屋礼央さんのラジオ番組内で「これはオレ歌ってやったぞ!みたいな曲は?」という質問を受けて
塚田:はらはらひらふ
五関:街角
という選択で、塚ちゃんは明るい曲が歌いやすいみたいな話をして、一方で五関さんは逆に明るい曲では「もっと明るく歌って」って言われちゃうから「街角」ぐらいのしっとりした曲が良い、みたいな話をしていて。
実際聴いてみた感覚として、これほどシンメで鮮やかな対比になるかねってぐらいの曲調の差でした。
はらはらひらふるは本当にほんわり爽やかな曲。
確かに塚ちゃんのイメージにも合う。
2人とも声は高いのにそんなに違っちゃうのかね。

7. 終電を超えて~Christmas Night
昨年末に5周年の最後を飾ったシングル曲。
初めての冬テーマの曲だし、アイドルならやって然るべき王道であるところのクリスマスソングということでテンションの上がる1曲ですね。
ぶりぶりにアイドルを発揮している。
とても良い。
これまた衣装が良かったよねー。
王道ソングではあるしいつもに比べればたぶん振り数は少ないんだろうけど、それでも結構しっかり踊っているので全然不満はなかった。

あとこれMVのメイキングをストリーミング配信したんだけども、その中で五関さんがやたらとカメラを彼女に見立ててキュン台詞を吐くという遊びをしていて、どうした急に?という事態ではあったんだけど「やっと自覚してきたんでしょうね」などと言っていて。
まぁ、有り難く拝見させていただきました。
惜しむらくは期間限定の動画配信であったことですね。
キュン台詞吐く前に足組んで座って片足に両手を組んで乗せてる五関さんを下から舐めるという素敵な構図もあって、カメラさん五関さんのこと好きだよね??ね??みたいな。
あなた55コンのメイキングでもhyde関様をやたら抜いてた人だよね??ね??みたいな。

8. DESTRUCTION!!
ゴリゴリのロック。
ゴリゴリのロックの中ではFinally Over、Great5辺りが私は好きなんだけども、それに匹敵するなと思ってます。
曲調がもともと好きかというと、Burnハートが本来私の好む方向のロックなんだけども、えびは本当にこっち系のロックがハマる。
声質なのかな。
はしちゃんの高音があってこそではあると思うけども、河合さんの声にもよく合うと思う。
これは踊ってくれる、と、思うんだよねぇ。
将来的にはヘドバンソングになっても構わないけど、とりあえず一旦振り付けてみてくんないかなって五関さんに念を送ってる。

9. 街角
これはもう。
歌割りが震えるほどなので。
とつごで歌い、ふみつかで歌い、はしちゃんがソロで歌い、最後に全員で歌う。
このはしちゃん大トリの歌割りはかつてBIG STARという私の大好きな、でもなかなかコンサートではやってもらえない良曲でもあるわけですが(これ念送ってます
おにい4人が2:2に分かれて歌うというのは今回が初めて。
しかもとつごは2人でハモる。
とつごで歌うパートがあると軽率にアガれる簡単なおたくです。
Rock Your Worldとか「Let me Rock Your World」がとつごだっただけで最高だった。いやあれは振付も好きだった。
はしちゃんがソロで歌ってるときも後ろでおにいたちハモってんのかな、たぶん。

10. 忘年会! BOU! NEN! KAI!
昨年末に5周年の最後を飾ったシングル曲のもう1曲。
街角からの振り幅が凄過ぎる。
まさに「高低差に耳キーンなるわ」(後藤さんいつもお世話になっております
片やクリスマスソングに対し忘年会ソング。
作曲はヒャダインさん。
そんな12月に特化せんでも、と思ったけど年明けた途端新年会ソングになって歌ってたっていう。
だからツアーでもやるんだろうなって思ってるけど何の会になんの?暑気払い?
あとかぶき太郎は出るのかという疑問はあるんだけどそれよりも何よりも自担は木である。

11. トリプルラッキー!!!
これ私は今のところ特典映像の中でこの曲の振付を賭けて行われた「ダンシング五関先生VSメロディ先生」だけ見ていないので、見てしまうと感想が変わってしまうんじゃないかと思うんだけど、見ていない現時点で純粋な感想を申せば、すごく良い、好き、て感じ。
このタイプで行くと「ABC STAR LINE」に収録された「今日もグッジョブ!!!」も好きだった。
そんなに速くなくてポップな曲調というのは、いつもファンと一緒に踊る曲を1曲は持ってくるという彼らの配慮なのかもしれないけど、そういうの抜きにしてもこういう曲はアルバムに1曲欲しいかなと私は思う。
単純に、聴いていて楽しい。
しんどいことがあったらこれ聴こうって思ってる。

12. Forget How to Forget
昨日には戻れない、君の忘れ方を忘れてしまった、君のいない世界があるなら連れ去ってほしい、もう嫌だ、手も足も出ない。
女々しさ全開ソング。
褒めてる。
これ曲調と英語詞の選択がだいぶ好きですね。
そんな難しい英語じゃないところも、歌う人たちに優しくていいよね。笑
そんなこと意識して作ってはいないだろうけど。
戸塚さんが結構この曲気に入ってるのかなっていうのはアルバム特設サイトのメッセージを読んで感じています。
実際この曲、戸塚さんのハスキーによく合う。
喉のこともあって歌い方は少し変わったなという印象なんだけど、そのおかげか上手く力が抜けていて、ソロの部分で掠れが素敵な効果を生んでる。
まあこの抜けた歌い方で声量はどんな感じなのかなっていうのは、今はまだ気になるところだけど。
変えた歌い方が戸塚さんの喉に良い影響をもたらすことを願っています。

13. Future Light
アルバムリード曲の2曲目。
塚ちゃん主演映画「ラスト・ホールド!」の主題歌でもある。
わりと映画主題歌になったときって、本編と最後に流れる主題歌がちょっと乖離しちゃうことがあって、私はそれ気になる方なんだけど。
これは映画の全体の音楽ともキレイにリンクしていて全然違和感もなくて、真壁監督さまさまです。
爽やかで夏に向けて季節的にもハマってとても良い。
ただ直前の曲であれだけ過去にとらわれて身動きできなくなってる男を歌っておきながら「お前には仲間がいるだろ!その絆で未来目指せよ!」て力技でポジティブに持ってかれてる感覚もあって、えびちゃんそういうとこだぞってちょっと面白くなる曲順でもあった。笑

こっちはふぉ~ゆ~の福ちゃん*2が振付を担当して、MVでは映画でも共演しているSnow Manが一緒に踊ってます。
ガツガツ踊って疲れ切っていたRock with Uとは違って比較的振り数も少なく、MVではリップシーンも多いしジャニーズが総勢12人だし海沿いのオシャレなスタジオ撮りということでMVのメイキングはすごいゆったりしていた。

個人的には五関さんが、同じ振付師もこなす福ちゃんや、滝沢歌舞伎*3に出てるSnow Manがいるせいか、わりと裏方的な会話をしてる部分がちょいちょいあって。
福ちゃんの振付について自分なりに思っていることであるとか、Snow Manに振り付けると楽しくなっちゃう話とか。
細かいことはわからないけど福ちゃんとカメラさんの脇でSnow Manのダンスシーンのことで話してる場面なんかもあって。
そういう姿って滅多に見れないので、嬉しかった。

あとそれとは別の話だけど、この日五関さんが花粉症が酷い日で、最終的にまぶたが赤くなるほどだったんだけど、そのときに河合さんが「かわいそうに」って言うところがツボです。
何がツボなんだか自分でもよくわかんないんだけど。
なんていうの、本気の「かわいそうに」なの。
笑いに繋げるヤツじゃないし上から言ってるわけでもないの。
河五厨としてのポイントで言えばRock with Uの方があからさまな場面が多出するんですけど、なんかここがやけに印象に残ってる。
全然関係ないけどケータリングが素敵だった。

14. Get up!
はしちゃんと五関さんのユニット曲。
クール系なんだろうとは思ってたけどもっと色気寄りになるかと思ったらまっすぐクールだったな、という感じ。
毎回ソロは競うようにかっこよさを売りにする人たちだから、組むとわかったときからポップな方には行かないだろうなとは思ってたけど、どちらかと言うと五関さんがソロに持ってきそうな曲かなという印象。
もうこれは踊ることははっきりしてるのであとは演出がどんな感じになるかが楽しみ。
あとツアーの映像化の際にはユニット曲のリハ映像はもちろん稽古映像からくださいねっていうのがポニキャさんへの要望。

15. 好きなんだ…
戸塚さん、塚ちゃん、河合さんのユニット曲。
橋五コンビとは対照的な王道アイドルソングで、爽やかかわいらしい曲でありながら冒頭は結構歌い上げるという、わりと満足度高い構成の曲。
こういう曲は王道の中でも王道、みたいなイメージが私にはあるので、ジャニーズ大好きジャニーズな河合さん良かったねという気持ち。
私の中の五関さんが「ほんとはこういう曲やりたかったんだよね」って河合さんに話し掛けてます。
でも「目を見た瞬間マジ卍」って歌詞に入れちゃう辺り、河合さんの照れを感じる。笑
あとツアーの映像化の際にはユニット曲のリハ映像はもちろん稽古映像からくださ(しつこい

はー、終わった。
背中が痛い。笑

*1:ご本人達がメイキングの中でそう言っていただけなので具体的な違いを把握していません。

*2:福田悠太くん。

*3:今年は全体的に五関さんが振付を担当しています。

Summer Paradise 2017(橋本ソロ充しちゃう!?)

ちょっと長かったので記事タイトルでは少し割愛しましたが、正式名称は
『橋本ソロ充しちゃう!?〜りょうちゃんとぱ☆り☆ぴ〜』でございます。
橋本良亮ソロコンサート、今年も行ってまいりました。

会場アナウンスのお姉さんには心からお疲れ様でしたとお伝えしたい。
毎日「本日は『橋本ソロ充しちゃう!?〜りょうちゃんとぱ☆り☆ぴ〜』にお越しくださいまして…」てアナウンスするわけだから。
私が入ったの最終日でしたけど、それでもまだお姉さんは振り切れない様子で「りょうちゃん」辺りから恥ずかしそうなのが声で伝わりました。
ついでに言うとグッズのスマホリングも『橋本もつけてるヤツ!!!』という名前でして。
はしちゃんの前に2日間やってる内くんと完全にふざけただろお前っていう*1
グッズ売り場の方もさすがに呼び捨てにはしかねるのか、売り切れの時に並んでる人達に伝えるのに
「橋本さんのつけてるヤツ売り切れでーす」
って言ってたらしくて。
そうなるとはしちゃんが身につけてる物ならなんだって当てはまってしまうので、もうなんだかわからないからね。

ちなみにこんな風に入口に掲げられておりました。

見づらいな…。
最近熱を持ちやすいのでスマホカバーをやめてバンパータイプにしたんですが、そのバンパー部に反射するのか、写真に斜がかかりやすいんですね。
しかし、看板発注受けた業者もタイトルにはびっくりしたんじゃないだろうか。

爪はこのように。

赤にするつもり満々だったのにピンクのポリッシュしか手持ちがないことに気付いておらず、あえなく濃いめのピンクになりました。
なんとなく、赤に見えなくもな…いね、ピンクだね。
石で赤。
星が青いのはささやかな五関担としての主張でございます。
振付師に敬意を示して。

そんなわけで、感想です。
今回だらだら思うまま書き進めた結果切りどころもわからなくなったので1回にまとめたため、かつてないほど長いです。
ネタバレですよろしくどうぞ。

*1:内くんのグッズは『いつでも使えるヤツ!!!』でした。

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A.B.C-Z 5Stars 5Years Tour

夏が終わろうとしていますが。
私の夏は自分のお誕生日まで続くことになりました。
お友達のお誘いがあって、福岡に行くことになりました。
自分のお誕生日に好きな人達のコンサートがあることなんて次いつ巡ってくるかわからないので、これも何かのご縁と思い、行って参ります。
うちわ…つく…る…?

ちなみにアリーナの方は大阪も横浜も入ることができました。
もう日数も経っているので細かなところは語れないんですが、思い出の為に感想は残します。

そんなわけで。
めっきりやらなくなっていましたが、最近は時間もあるので久々にネイルをしました。
とはいえ相変わらず技術力とデザイン力が乏しいくせに自分でやるのでお目汚しでしかありませんが。


大阪のネイルはこれでした。
写真だとわかりにくいのかな。
濃紺に、ちょっとだけラメが入っているポリッシュをフレンチにして、青のラメパウダーを追加しています。
エビさんにはどうしても宇宙のイメージがつきまとうため、ネイルのデザインを考える時にも宇宙を求めがち。
五関さんが青というのも一因だとは思うんですが。

ただラメパウダー使ったの初めてだったもので、全然上手い分量で上手い位置に付けられなくて。
これ正解なの?と自分でもよくわからないまま過ごしました。


横アリはこちら。
大阪を五関さんのメンカラで過ごしたので、横アリは5色入れたいなと思った時、私の技術力では細かいことできないので、もう思い切ってポリッシュは無視して石だけでメンカラにしようということでこうなりました。
とはいえ自担カラーだけちょっと多いんだぜ。
今回付け爪用接着剤を使ったので取れちゃうこともなく安心して過ごせました。

それと今回はグッズにイヤリングがあるということで。
大阪では買ってそのまま付けて過ごしましたが、横アリまでの間にリメイク欲求に駆られまして。


やりました。
で、横アリにはこれで入りました。
思い立ったのが遅くて配送を待つ余裕がなく、パーツを足で買いに行ったので、イメージに合うものがなかなかなくて苦労しました。
ちなみにこれはイヤリングパーツを外した状態の写真ですが、この後ピアスパーツに付け替えています。
5Stars 5Yearsだから、「5」のパーツを付けました。
元のまま残しておきたい気持ちも強かったので、元のままのものもあります(つまり2個買った

という感じで、アクセサリーとか爪とかには気を遣いました。
服装はすんごいシンプルだったけど。
暑いからできるだけラクな格好でしたわ。
でもエビさんのコン、わりとみんなそんな感じだから。

ではお目汚しも終わったので、以下感想です。

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